COLMUNコラム
<杏理さんに聞いてみたvol.7>サステナブルケータリングの舞台裏
- DATE
- 2025/05/14
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一言に「食の仕事」といっても「CRAZY KITCHEN」が手がける業務内容は本当に多種多様。
単なるケータリングと違い、「CRAZY KITCHEN」を率いる土屋杏理さん(以下、杏理さん)は、企業や公共団体が抱くビジョンを食で表す、そんなケータリングプロデュースを多く手がけています。
中でも昨今、得意としているのが「サステナブル」をテーマにした仕事。“おいしい”だけではミッションコンプリートとはならない難しさがあるといいます。
実情、そして醍醐味とは? フードジャーナリストの山口繭子が迫りました。
日常の暮らしにも溶け込んだサステナブルとSDGs
個人的な所感ですが、「サステナブル」という言葉を初めて耳にした日からずいぶん時間が経ちました。確か10年ほど前のこと。当時勤務していたのはフードマガジンの編集部でした。企画会議の場で、「今後本格化してゆくサステナブル社会を鑑み、食の世界でもSDGsに基づく施策にチャレンジしないと……うんぬんかんぬん」という誰かの話を聞き、まったく意味がわからずにきょとんとしてしまった瞬間をまだ覚えています。
あれから時を経て、ありとあらゆる「サステナブル企画」「SDGs連動プロジェクト」に関わりました。今では少しだけ理解も深まった気はしますが、それでも得意かどうかと言われたら自信がありません。何よりも、それらの思想が自身の暮らしの中にも溶け込んでいるかと問われたら「いえ、まだ全然」としか言えません。お恥ずかしい話ですが……。ところが、数多くのケータリングプロデュース、イベントディレクションを手掛ける「CRAZY KITCHEN」では、このサステナブルというジャンルを得意としているといいます。
ここで今一度、この言葉の定義についてお伝えさせてください。
本来「持続可能な社会」という語源を持つのが「サステナブル(Sustainable)な社会」。具体的には、①地球の環境を壊さず、②資源を使いすぎず、がメインで、そうすることで次世代にも地球や社会を無理なく残せるのではというものです。そしてその実現のために2030年までの達成を目指して掲げられた数々の具体的な目標がSDGs(Sustainable Development Goals)。
とても大切なことであり、しかももはや「いつか未来に」という話ではなく待ったなしの現状を憂いた問題です。政府も企業もメディアも躍起になって取り組んでいるのは皆様も肌で感じていることと思います。
ですが、これをパーティーやイベントにおける「食」で表現するとなると? 今回、杏理さんの話を聞いて最も「これは難問……!」と感じたのは、サステナブルというテーマをビジネスケータリングや企業イベントに落とし込むことの難しさでした。
難しいテーマを楽しく、そしておいしく食で表現
そもそも、CRAZY KITCHENに舞い込む仕事というのはパーティーでのケータリングだったり企業が展開するキャンペーンにおける食だったり、自宅の食卓に見る日常の料理とは異なる「ハレの日の食」がメイン。当然、そこには楽しさや華やかさが求められます。見た目の華やかさと、使われる食材が持つ特別感、そしてパワー。それらが、クライアントである企業やブランドの思いやテーマを代弁するものでなければならず、料理を口にするゲストには、それらがCRAZY KITCHENプロデュースであるとかそんなことはわかりません。徹底的に黒子に徹し、さらに、企業のメッセージがジンジンと伝わってくるような料理をプロデュースすることが求められています。
例えば、“春”がテーマであればエディブルフラワーや華やかな色合いを駆使する、“赤が持つ力”を料理で表現するのであれば、赤い食材やドリンクをふんだんに用いて企業のブランドイメージを醸し出す、という具合です。けれど、杏理さんが手掛ける仕事といえば「サステナブル」や「未来」など、ただでさえ難しいテーマ性が求められるものが多いんです。もちろん、パーティーやイベントでの料理なので例えテーマは多少難解であっても楽しさや華やぎのニュアンスも必須。真逆のことを求められているような気がして、思わず唸ってしまったのでした。
「プロデュースやケータリングまでうちにご依頼いただく仕事は多岐にわたりますが、一つ言えるのはそこにクライアントが設定したテーマが存在するということです。例えば、有名レストランがケータリングを行う場合なら、人気シェフによるクリエーションを披露すればそれで良いのですが、私たちの現場ではCRAZY KITCHENのカラーは求められません。でも、そこを卑下しているのではなく、話は逆で。クライアントの意向やテーマにどれだけ寄り添えるかが重要なので、特にそのテーマが“サステナブル”だったりすると、生半可なことをすれば『なんて浅い内容なのか』とゲストにがっかりされてしまい、クライアントのイメージを失墜させてしまいます。ハレの場の華やかさがありつつ、食材や味わいでしっかりとサステナブルなテーマを伝えられる、そんな料理を現実のものに出来る作り手は、そんなに多くないと思います」(杏理さん)
どれだけ使える食材の情報を持っているかが勝負
サステナブルをテーマにしたケータリングプロデュースの場合であっても、何十人何百人が訪れるという規模を考えると、ドリンクや料理を十分な量、そして何種類も制作することは必須です。そして、それらに用いる食材は当然、「サステナブル」を納得させるものでなければなりません。ところで、サステナブルな食材とは一体どういうものなのでしょう?
そこに定義があるわけではないのですが、例えば廃棄予定だった食材、規格外につき流通にのせられない食材、大豆ミートなどの代替肉、害獣を食肉として利用するジビエ食材、ASC認証(環境配慮への施策が認められている養殖業者への認証)やMSC認証(水産資源や環境に配慮し、適切に管理された持続可能な漁業に関する認証)などの認証食材など、ひと言でまとめるにはあまりにも多彩です。そしてそういったものって、私がふだん行くようなスーパーマーケットでは見かけることはありません。志の高い小規模店であれば取り扱われていることもありますが、何十人分も購入するような量を買うのは難しそうです。
「そうなんです。サステナブルをテーマにしたケータリングを手がける際に最も大変なのは、食材集めなんですよ」と杏理さんは言います。
「日進月歩の勢いで成長しているサステナブルフードですが、一般的な食材に比べるとまだまだ小さな市場です。『地球環境に無理を与えない』という大前提のもとで生産される食材であるため、イベントケータリングのタイミングに合わせて多彩な内容を潤沢に準備するのは至難の業。クオリティーにもばらつきがあるので、一つの業者から一括で何種類もの食材を入れるのも厳しいんです。となると、日常からそういった食材の生産者の方々とどのようにお付き合いしているか、イベントのタイミングに合わせてそれらを十分な量納品していただけるか、そんなネットワークが料理のクオリティーと同様、とても重要なんです」(杏理さん)
クライアントも驚く多彩なサステナブルフード
この日のインタビューでは、2024年末に東京で開催された「東京サステナブルMICEショーケース」というイベントの話を伺いました。「公益財団法人 東京観光財団」という東京都の公益団体が主催するイベントで、CRAZY KITCHENのクライアントは間に立つ運営会社であったということですが、課されたテーマは明快です。イベント名にも入っている「MICE」とは、「Meeting」「Incentive Travel」「Convention」「Exhibition/Event」の略で、企業による会議や国際イベント、展示会の総称です。東京都がサステナブルなショーケースイベントを開催することで、今後他国にも注目されるサステナブルシティーとしての立場を確立したい、そんな目的の元に開催されたイベントでした。
「サステナブルが重要なテーマでしたが、それ以外にもヴィーガン、地産地消などの要素も盛り込んで欲しいというのがクライアントのご希望でした。CRAZY KITCHENはクライアントのご希望をいかに叶えるかに心を砕くのが信条ですから、もちろん添います。添うのですが、時にサステナブル関連のテーマは言葉だけが一人歩きしていることもあり、例えば全料理をサステナブルなヴィーガン仕様でとなると、使える食材はほぼ代替肉と規格外野菜になってしまう。サステナブルフードの現状について多角的に伝えたいとなると、あまりに条件を設けると逆に視野が狭い感じになる恐れもあり、そのため、弊社からもテーマに対しては様々ご提案をしました」(杏理さん)
その結果、6種類のヴィーガン料理に、ASC認証を受けた銀鮭を使った手毬寿司、東京産のユニークなドリンクを数種類というバラエティーに満ちたラインナップに決定。この日準備した内容はこんな感じでした。
魚/ASC認証 銀鮭の手まり寿司
ヴィーガン/規格外にんじんのサラダ、八幡平マッシュルームのオープンサンド、規格外なすのデグリネゾン、規格外さつまいもとじゃがいものテリーヌ、代替フィッシュカツのミニバーガー、規格外バナナとライムのタルト
ドリンク/「羽田ブルワリー」のビール、「東京ワイナリー」のワイン、八丈島 麦焼酎「情け嶋」、「東京リバーサイド蒸溜所」のエシカルジン、トーキョーサイダー、東京紅茶、清瀬市「ヤマヨシ」のにんじんジュース、CRAZY KITCHENオリジナルのアップサイクルシロップソーダ割り
サステナブル関連の仕事では、毎回細かなミッションに向き合うことで新たな出会いも多いそう。この時は、これまで付き合いのなかった東京都内のドリンク生産業者とのつながりが生まれ、それらは今後の仕事でまた別の展開を見せることになるのかも。一つ一つの仕事がCRAZY KITCHENの糧となり、発想の源になるというのがよく理解できます。
「サステナブル」はボランティアではないから
もう一つ、話を聞いていて驚いたのは、CRAZY KITCHENが手掛けるフードケータリングにおける「前後の仕事」の細かさでした。
杏理さんの仕事というのは、調理することではありません。あくまでもプロデューサーであり、ディレクター。イベントのケータリングプロデュースであれば、①どんなテーマでどんな料理&ドリンクを展開するか、②ブッフェテーブルの装飾やデザインをどんなものにするか、③関わるスタッフ&パートナーのアサイン、④仕事を円滑に運ぶための業務スケジュールの設定、を総合的に決定するのが杏理さんの役割であり、これがサステナブルなテーマとなるとさらに、⑤使用する食材をどこからどのように納品してもらうか、も重要なミッションです。
「東京サステナブルMICEショーケース」の現場では、趣向を凝らしたサステナブル料理を盛るための器やカトラリー、ゲストが使用するナフキン、生ゴミやその他のゴミの処理に至るまで、すべてに細かい配慮とそのための作業があったそう。
「クライアントの意向を汲み、考えを重ねて作り上げた料理ですから、添えるものもサステナブルでいきたいじゃないですか。なので、この日一度限りで用済みとなる使い捨てナプキンではなく、ずっとCRAZY KITCHENのイベントケータリングで使える布ナフキンを使うようにしています。これ、昔からお付き合いのあった京都の会社に、オリジナルナプキンを作っていただいたんです。使い終えたものは回収して京都に送り、クリーニングしていただけます。お箸は九州の会社が製作していて、これは使い回せるだけじゃなく、経年劣化した後は返却すると竹炭にしてくれます。麻の葉から作られる皿は、燃えるゴミにもなりますが、これだけの量ですからそれもしたくありませんでした。ここの製品は、使い終えたものをお戻しすると、トイレットペーパーや紙ストローにリサイクルしてくれるんです。送料はかかりますが、気持ちがいいしサステナブル案件の最後まで納得ができるというのが何よりも素敵だと思って」(杏理さん)
会場にはコンポストシステムが設けられ、イベントで生じた生ゴミを投じると完全に発酵・分解ができるようになっていたという「東京サステナブルMICEショーケース」イベント。そのためには生ゴミとその他のゴミをさらに分別しなくてはなりませんが、杏理さんはこれを「意義ある作業」と考え、時にはあまりの細かさに面食らう新入りスタッフもいるといいますが、ずっと続けています。
「サステナブルは、文字通り続けていかなくては無意味の思想です。その日だけのボランティアなどではなく、プライドを持って自分の仕事だと理解して取り組まないと。そういう意味でCRAZY KITCHENは、手がけたサステナブル案件も相当な数ですからね。ずいぶん慣れましたが、まだまだ黎明期です。経験を重ね、ますます中身の詰まったことができるようになったと実感しています」(杏理さん)
サステナブルが当たり前になる日を目指して
正直に白状すると、「サステナブル」や「SDGs」という言葉が踊る企画には、ちょっと抵抗感がありました。雑誌編集者時代の記憶とも連動しているのですが、ともすればそこには一過性のお祭り騒ぎ的な感覚があったから。あるいは、「ミッションとしてやらなくちゃいけないからやってる」という諦めに似た思いで取り組んだことも(当時の相手様にごめんなさいと申し上げます)。
けれど、杏理さんが話すサステナブルの話を聞いていると、私が思っていたよりもずっと細かく戦略が必要な情報戦であり、ビジネスマインドがないと続けられないことでもあり、何よりも日々、すさまじい変化と成長を遂げていることがわかってきました。
「サステナブルテーマが盛り込まれたケータリングでも、それを召し上がったゲストの中で気に留めてくださる方は1割にも満たないと思います」と淡々と話す杏理さんですが、それでもその1割にもたらされる気づきは大きい。未来の食について、地平線が広がるような思いを持たれることだろうなと想像します。
単なるケータリングとは一味も二味も異なる、サステナブルケータリングのプロデュース。杏理さんの仕事の完成度は、回を重ねるごとに上がり続けます。このジャンルが食の選択肢の一つとして認められるようになるのも時間の問題なのかなと、今回のインタビュー後にふと思ったのでした。
ではまた、こちらでお会いしましょう。
文/山口繭子
神戸市出身。『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)を経て独立。現在、食や旅、ライフスタイル分野を中心にディレクションや執筆で活動中。https://www.instagram.com/mayukoyamaguchi_tokyo/