COLMUNコラム
<杏理さんに聞いてみたvol.8>サステナブルコレクションそれは “食べる環境学”
- DATE
- 2025/05/21
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オーダーメイドケータリングや食のプロデュースを手掛ける「CRAZY KITCHEN」。
中でも、“サステナブル”をテーマとする仕事には、2015年の創業当初から真摯に取り組んできました。今では「サステナブルケータリングといえばCRAZY KITCHEN」と評判を呼び、リピート利用する企業も多い様子。
ですが、「CRAZY KITCHEN」を率いる土屋杏理さん(以下、杏理さん)は現状のサステナブル事情にまだまだ満足していません。今回は、同社の看板商品であるパッケージのケータリングメニュー「サステナブルコレクション」について、フードジャーナリストの山口繭子が解き明かします。
サステナブルやSDGsはまだまだ発展途上
前回に続き、今回もCRAZY KITCHENと共に「サステナブル」について考えます。
Vol.7では、イベントケータリングという企業にとっての晴れの場で、ゲストをおもてなしする料理に“サステナブル”という要素を含ませることの難しさについて、CRAZY KITCHENが手がけたとあるイベントの舞台裏を例にとってお伝えしました。想像以上に手間と作業量が多く、想像を超える制約に縛られ、想像を上回る準備時間が必要だということを改めて知り、驚いたのでした。
杏理さん曰く、「サステナブルはまだ世の中に“降りて”ないと思っている」とのこと。それを聞いて、少し意外な気がしました。というのも、例えば最近ではミシュラン星付きのレストランでも意気揚々と養殖の魚介類が出てくることも珍しくありません。それらの食材は、生育中の環境負荷を極力減らすよう工夫されていたりします。また、「害獣」と呼ばれる鳥獣類がメイン料理に使われることも増えました。これらについて言えるのは、過去にはなかった価値観がシェフの技やセンスを糧にして飲食業界で成長しているということです。逆に「大間産の黒マグロです!」とか「最高級のA5和牛ですよ!」などといった食材説明は、昨今ではちょっと野暮なイメージさえ感じさせると思っていたのです、私は。
「CRAZY KITCHENの創業は2015年ですが、SDGsがスタートした年でもありました。SDGsは国連サミットで決定された国際的な目標で、2030年までの15年間で達成すべき17のゴールと169のターゲットが定められています。食のことだけではなくジェンダー問題や格差是正などの問題も含まれますが、弊社を含む飲食業界では、食材や地球環境を脅かすものについての意識が一気に高まるきっかけになりました。CRAZY KITCHENでは創業当初からサステナブルについても取り組んでいますが、正直な話、この取り組みがビジネスとして成功しているかというと、まだまだ発展途上かなと思っています。ポジティブに考えると、大変な伸びしろを感じるのですが」(杏理さん)
サステナブルコレクションが始まった理由
2015年に創業したCRAZY KITCHENには、当初から大変多くの案件が舞い込みました。杏理さんの前職はCRAZY WEDDINGというウエディングイベントの制作会社ですが、そこで築いた人脈もあって多くの仕事を引き継いだそう。創業早々から業務に忙殺される中で、徐々に仕事に幅を持たせたいという考えを持ち始めた杏理さん。
「ゼロからイベントをプロデュースしたり特別仕様のケータリングフードを考案したりするのが弊社ですが、これらとは別に、商品内容がシンプルでクライアントにとってもオーダーが簡単なパッケージのケータリングフードがあれば良いのでは?と思い至ったんです。そこで、キャンプがテーマのアウトドアケータリングとか、クリスマスなどをイメージしたキラキラ系ケータリングとか、特徴ごとに何種類かのパッケージサービスを作りました。当時はまだ、SDGsという言葉が生まれた直後ですしサステナブルに対する需要はそれほど多くはなく、サステナブルコレクションはまだ、頭の片隅にしかない状況で商品化はしていませんでした。ただ、食材の由来や生き物の命については個人的に思いが強かったこともあり、その後徐々に実現に向けて具体的になっていったんです」(杏理さん)
その後4年が経ち、結局杏理さんは、ゆっくりと思考をふくらませていったサステナブルコレクションをデビューさせ、これに伴っていったん他のパッケージコレクションは終了させました。2019年秋のことです。
「サステナブルはおいしくない」という思い込みこそが敵
サステナブルコレクションは、「サステナブル」や「SDGs」といった言葉に馴染みのない人でも、6種からなるコレクションメニューを体験すればこの業界の最前線に触れることができ、バランス良く多彩なサステナブルフードが楽しめるのが魅力のイベントケータリングフードのコースメニューです。そして、支持されるいちばんの理由は、これらのフードメニューがプロの料理人によってレシピ製作と調理が行われており、見た目にも華やかで美しいこと。一見しただけではラグジュアリーなパーティーフードそのものです。
「初めて召し上がった方から『意外においしくて驚いた』と言われることもよくあります。シェフや料理人であれば思わず返事に詰まるところでしょうが、私たちにとってこの言葉はとてもうれしいこと。結局は思い込みなんですよ、食って。もしくは昔どこかで食べた代替肉やジビエなどがおいしくなかったという記憶があると、時代も技術も格段に変化していても思い込みだけで頑なに避けてしまうというか。弊社のサステナブルコレクションは、最初は“チャレンジ”でも2回目からは好きで選ぶという方もたくさんいます」(杏理さん)
この思い込みには、私も身に覚えがあります。しかもたくさん! 理由もなく高級食材に喜んだり、逆に大豆ミートや昆虫食に手をつけなかったり……。高級食材に関しては、その存在が罪悪ということはありません。ただ、私の場合は、キャビア(卵巣)をお腹から取り出された後のチョウザメがどうなるかとか、和牛が1頭成長するまでに必要となる飼料量や排出される二酸化炭素の総量などについて思いを巡らすことは皆無でした。大豆ミートや昆虫食も同様です。なぜ、それらが食材として注目されているのかについて、もう少し知るべきでした。「なんといっても天然魚が最高」「本当においしい希少部位の肉のみをお出しします」……、そういった耳障りの良い言葉を無意識のうちに吸収し、真偽を確認しないままにただ消費していく。私と同様、多くの人々が“何気ない日常”を何十年間も積み重ねてきたことが、サステナブルな食世界の実現を阻んでいるということに薄々気づき始めているのが最近なのだと思います。
サステナブルコレクション、盛りだくさんの全容
CRAZY KITCHENが試行錯誤を重ねて作り上げたサステナブルコレクションの内容は、どのようなものなのでしょうか。簡単にご紹介しましょう。
1品目/ヒオウギ貝と八幡平マッシュルームのサラダ
真珠貝養殖の副産物として養殖されていたヒオウギ貝。美しい貝殻が特徴ながら、身は貝柱を残して廃棄されるのが常だったものを利用する一品です。合わせる八幡平マッシュルームは、行き場を失った引退後の競走馬の“処分”について考えようという目的の元、馬の馬糞を生かして育てられる食材です。岩手のジオファームによる少量生産のマッシュルームは、その味わいの良さで一流料理人からも人気を集め、ファインダイニングにも卸されている名品。このサラダはヒオウギ貝の貝殻に載せてサーブされます。
2品目/ダチョウのタルタル
実は牧草しか食べないというダチョウ。そのため、飼料を必要とする家畜類に比べて環境負荷が少ないとされています(家畜類に与える飼料穀物を栽培するために、広大な森林が開拓されているというのは大きな環境問題となっています)。高タンパクで栄養価が高いダチョウのタルタルをタピオカから作ったチップスにトッピング。
3品目/シロチョウザメのカダイフ揚げ
世界中で愛されている高級食材、キャビア。チョウザメの卵巣のことです。このチョウザメは淡水魚であり海にいるサメとは別物です。また、チョウザメ目(もく)に属する種類は現在すべてがワシントン条約の規制対象であり、野生のチョウザメからキャビアを獲ることは禁止されています。そのため2020年時点では世界のキャビアの9割近くが養殖物。高級食材キャビアですが、こういった背景事情はあまり知られていません。CRAZY KITCHENでは、卵巣を取り除いた後は廃棄される運命であったシロチョウザメの魚肉に注目。淡水魚ゆえに臭みはまったくなく、鯛やフグを連想させる上品で淡白な味わいが魅力です。カダイフ揚げ(小麦粉やとうもろこし粉の生地を糸状にして食材に巻きつけて揚げたもの)で仕上げた軽いスナックのような食感。
4品目/イノシシのグリル
昨今のニュースでもお馴染み。田畑を荒らす害獣の代表格といえば、猪と鹿でしょう。自然界の生態バランスの崩れが原因と言われており、駆除される獣たちにとってはまさに災難。ですが、せめてそんな「害獣」をおいしく食すことで、命について思いを巡らせるきっかけになる一皿です。しかし、食用に育てられた家畜肉と異なりクオリティーの個体差が大きいのが猪や鹿肉の難しさ。ジビエ初心者にとってはこの味の良し悪しが、その人の意識改革につながりますから、杏理さんにとっては力の見せどころ。豚肉にも似た味わいながら、サクッとした食感やさっぱりした後味にこだわって仕上げるといいます。インカのめざめというじゃがいもと合わせたピンチョス仕立てがおしゃれ。
5品目/棚田米とASC認証の銀鮭手まり寿司
豪雪地帯として有名な新潟県の越後妻有地区。伝統的な棚田は農家の高齢化により存続の危機を迎えています。そんな棚田の良さを伝えるために昨今注目されているのが棚田米。同じく海洋資源を守るために養殖が進められているASC認証の銀鮭を合わせて、愛らしい手まり寿司に仕上げた料理がこちら。意外に外国人ゲストからも絶賛されるという人気メニューです。
6品目/アマゾンカカオのテリーヌ
ここ10年ほどで、意識の高いファインダイニングシェフたちの間でも一気に広まった食材といえば、アマゾンカカオ。長い海外生活を経て2015年に帰国した太田哲雄シェフが、自らも過ごしたペルーのアマゾン熱帯雨林地域で栽培されているカカオに魅了され、これらを適正な価格で日本に仕入れるフェアトレードを実践したことで味わいだけでなくその心意気も支持されるようになりました。
サステナブルフードは想像以上にルールが厳格
この内容の充実ぶり。完成度の高さに驚きますが、最初から作り込んでおかないと簡単には変更できないという事情もあるようです。というのも、杏理さんはCRAZY KITCHENとしてASC(またはMSC)CoC認証を取得しており、「サステナブルコレクション」のメニューは、認証されたキッチンで調理したものでしか展開が許されていないから。使用する食材が認証フードであればOKと思っていた私は、そこまで厳密に規格が引かれていることにも衝撃を受けました。
「とても厳しいルールの元でしか展開できないのも、参入企業が少ない理由かもしれませんね。クライアントとの打ち合わせの際は、イベントの参加ゲスト数やご希望については、相当しっかり伺うようにしています。サステナブルコレクションに使う食材は、スーパーマーケットでは売っていません。「参加人数が増えました・減りました」と直前に言われても、そのための調整が難しいんです。人数が減る分にはご迷惑はかけないで済むかもしれませんが、そもそもサステナブルをテーマに作る食事が余ってしまっては本末転倒ですし」(杏理さん)
2019年のサステナブルコレクション開始時から内容はほぼ変わっていないのに、その一方で大きく変わったものがふたつあるといいます。
「スタート時は、こちらの情報量不足もあるのですが、食材の仕入れ先がかなり限られていました。今もそれほど多いとはいえませんが、それでもダチョウ肉やジビエなどは『うちでも扱っているのでご覧になりませんか』とお申し出をいただくことが増えたんです。少しずつですが、生産者が増えているのではないでしょうか。そして、初期の頃はサステナブルコレクションをご注文くださったクライアントさんからも『あのう、猪肉を他の一般的な肉に変更できませんか?』といった相談をされることもありました。それが、今では会場のゲストの中にも詳しい方がいたりします。私たちに代わって周りの人たちに食材の説明をしてくださったりすることも。少しずつ、時代は進んでいるという実感があります」(杏理さん)
正しいことは浸透しづらく、楽しいことは浸透する
高邁な思想とチャレンジ精神、そして地球への思いやり。さまざまな要素を含むサステナブルコレクションは、それでも見た感じではとても華やかで楽しげなパーティーフードです。このクリエーションが素敵だなと伝えたところ、何よりも雰囲気作りに気を遣っていると杏理さんは言います。
「正しいことを精一杯世の中に発信したところで、そんな簡単には浸透しません。それで世の中が変わるなら、きっとディズニーランドよりもボランティア活動の場が満員御礼になっているはず。ディズニーランドを責めているんじゃないんです。正しいことを、ディズニーのような楽しさをもって世に届けることで、きっと人は興味を持ってくれるんじゃないかと」(杏理さん)
前回のインタビュー時には「サステナブルフードをケータリングでお出しして、召し上がった方のうち1割でも興味を持ってくださったら、もうそれで大成功です」と語った杏理さんですが、それは謙遜しているのではなく「サステナブル」という言葉が持つ正当性が時にデメリットであることも理解しているから。その日初めて口にしたサステナブルフードをきっかけに、その後スーパーマーケットで原産地に気を配るようになったりとか、レストランでメイン食材を選ぶ際にジビエにトライしてみるとか、ほんの少しでも自分が食しているものや食環境に対する興味と知識欲が増えたのであれば、それが「サステナブルコレクション」の存在意義なのだと胸を張ります。
ところで、私はまだCRAZY KITCHEN仕切りのイベントケータリングを経験したことがありません。今回の話を伺って、これはもうぜひ一度体験してみないと!と改めて思った次第です。
ではまた、こちらでお会いしましょう。
文/山口繭子
神戸市出身。『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)を経て独立。現在、食や旅、ライフスタイル分野を中心にディレクションや執筆で活動中。https://www.instagram.com/mayukoyamaguchi_tokyo/