CRAZY KITCHEN

CONTACT
お問い合わせ
03-6426-6280

COLMUNコラム

<杏理さんに聞いてみたvol.11>「おいしい野菜」は一筋縄にはいかない

杏理さんに聞いてみた

DATE
2025/06/18

オーダーメイドケータリングや食のプロデュースを手掛ける「CRAZY KITCHEN」。パーティーから企業イベントまで幅広い食の提案を行う会社であり、他と違う点といえばそこに「サステナブル」という視点を入れ込んだ提案ができること。早くから、このジャンルの重要性に気づき、世に伝えるべく事業を展開してきました。

前々回のサステナブル漁業の話、前回の畜産業の話に続き、今回は未来につながる農産物とは?という疑問について、「CRAZY KITCHEN」を主宰する土屋杏理さん(以下、杏理さん)に話を聞いてみましょう。 フードジャーナリストの山口繭子が取材しました。

冬にとびきりおいしいイチゴが出回る国、日本

この連載も、いよいよ11回目となりました。次回が最終回。これまで、毎回みっちりとしたインタビューに答えてくださった杏理さん。新たなトレンドが生まれては消えていく世界ではありますが、インタビューするうちに改めて気づいたのは「次々にいろんな問題が生じては消えていく世界でもあるのだ」ということでした。

取材したのは、いよいよ春本番という日。すでに初夏を感じさせる暑さでした。前々回のサステナブル漁業の話、前回の畜産業の話に続き、今回は未来につながる農業のあり方とはなんだろうか、というテーマが頭の中にありましたが、話はのっけから思わぬ話題に。「イチゴってなんであんなに甘いと思います? そもそも旬っていつでしたっけね?」と杏理さんが言うのです。

「イチゴってクリスマス前から商戦が始まってその後は新年、バレンタインデーにホワイトデー、ホテルやカフェで一斉に始まるストロベリーフェアは春まで続き、そして5月頃までスーパーマーケットの店頭にはさまざまな品種のイチゴが並びます。ですが、これって結構最近のこと。日本の農家さんや研究者の方々って本当にすごいと思うのですが、品種改良と栽培施設改革が進んだことで、楽しめる時期まで昔と大きく変わってしまったんですよね」(杏理さん)

確かに。今や、イチゴがないクリスマスや新年なんて想像もつきませんし、2月ごろからは都内のあらゆるホテルから「ストロベリーフェアがスタート!」という華々しい案内メールが届き始めます。いい国だなぁ……と、そんな悠長なことは言っていられません。杏理さんが「すさまじい無理があるんですよ、その陰に」と言うように、イチゴを育てるために費やされる暖房電熱費や農薬の量は、実はあまり知られてはいません。

オーガニックイチゴってどんな味?

そもそも、イチゴとはどういうフルーツなのかを調べてみると興味深いことがわかります。「日本貿易振興機構(JETRO)」のサイトによると、イチゴの“生食”消費量において日本は世界一なのだそう。また、品種改良のスピードは凄まじく、農林水産省に登録されているイチゴの品種は実に294種(2018年)。どんどん増えていっており、今ではどうなっていることかと思われます。そして、10〜20年単位で人気主力品種が世代交代しているというのも興味深い事実。確かに、昔はこんなに甘いイチゴにはあまりお目にかかれなかったように思いますし、極甘品種はもちろんのこと、超大粒イチゴや白いイチゴといった新顔イチゴもここ最近になって頻繁に見かけるようになりました。

が、本来のイチゴってどういう味だったのでしょうか? 杏理さんは語ります。

「オーガニックのイチゴって、市場に出回ることはほとんどないと言われています。なぜかといえば、イチゴってそもそも農薬なしで育てることが非常に難しいからなんです。意識の高いオーガニックフードの店だと減農薬イチゴを置いていたりしますが、1パック2000円くらいは軽く超える。それでも農薬ゼロではないし、甘いジューシーなイチゴに慣れた人にとっては、多少ワイルドな食感や酸味は、戸惑うかもしれません」(杏理さん)

そうです、イチゴは酸っぱいものなのです。イチゴを生食するのは世界でも日本が最も多く、最近では中国や韓国、タイ、マレーシアなどのアジア各国でも盛んになっていますが、世界的な規模で見るとそのまま食べるものというよりはジャムにしたりシロップやクリームを合わせたりするなど、ある程度「調理」が必要な食材です。日本人のイチゴ好きの需要に必死に応え続けた生産農家と研究者たちによって、次々に品種改良と設備改革が進んだ結果が現在ですが、1個の甘いイチゴを育て上げるのにどれほどの農薬や電気が使われているかについては、知られていません。

メディアではよく、「牛一頭が排出するメタンガスは地球温暖化の原因の一つともされており、その量は1年間で60キロほどもある」と報道され、それは由々しき問題だと取り沙汰されたりもするのですが、イチゴや桃など、日本が得意とするフルーツ生産に関してはそんな話を聞くことはあまりありません。

知るきっかけを盛り込んだ食を提供したいから

「要は、イチゴをはじめとする農業にどれだけコストや薬が必要かなど、知ったところでそんなにたいしたことではないと考える人が多いのではないでしょうか」と杏理さん。

「農作物は魚介類や畜産物に比べて、そこまでショッキングな要素がないというか、イメージがいいというか。ですが、イチゴに限らず農業に従事する方に話を聞くと、口にするものへの意識が変わります」(杏理さん)

CRAZY KITCHENでは年間にたくさんのケータリング仕事を請け負います。その中には企業のパーティーで展開する華やかなフードもあれば、イベントのテーマにちなんで地球環境について考えさせられるメニュー「サステナブルコレクション」などもあり、かなり多彩です。当然、多くの食材を使いますが、これらに関して「完全オーガニック野菜・無農薬食材のみを使う」ことは謳ってはいません。中には「八幡平マッシュルーム」や「アマゾンカカオ、「越後妻有の棚田米」のように、色濃いストーリーを持つ食材を積極的に用いることもあります。ですが、すべての食材を完全オーガニック&無農薬に限定してしまうと……。ケータリングにかかる費用も労力も果てしないものとなってしまい、また、イベント当日に食材が揃わないという事態にもなりかねません。要するに、ビジネスとして成り立たないのです。それが、現実です。

「CRAZY KITCHENでは、“食べて健康になる食”の提供を主旨とはしていません。なぜなら、イベントやパーティーでの一度の食事がゲストの健康を約束することはできないから。健康を考えるなら日々の食から見直さなければならず、継続こそ尊しです。では、うちが提供するものとは何かといえば、知らなかった食の事実や裏側について“え、そうだったの?”と知ることができるきっかけではないかと考えています。きっかけがあれば、人は立ち止まって普段の食事を見直すことができる。気づいてくださる方が100人のゲストのうちたった1人だったとしても、それで私はうれしいなと思っています」(杏理さん)

食の課題は連鎖し、常識は変化していく

さて、杏理さん自身がどのようにして「知るための活動」を行なっているかといえば、やはり実際に人と会うこと。漁業でも畜産業でもそうでしたが、生産の現場でこの問題と向き合っている人に話を聞いて、リアルを知る。それこそが一般消費者でもある杏理さんにとっては最上の策であり、そんな経験をまた、提供する食に詰め込むことができるといいます。

農業については、ヴィーガンフードの料理本を出版した知人シェフの出版記念パーティーで出会った「久松農園」の久松さんという存在が、一つのきっかけになったといいます。都内大学の経済学部を卒業して一般企業に就職した後、転職によって就農した久松さん。年間100種類にも及ぶ旬の露地野菜を栽培することをモットーとしており、JA(農協)に一蓮托生というわけではなく自身のセンスや経営感覚を活かして自由に農作物を世に発信していく新しいスタイルの農園です。

「農園を見学させてくださいとお願いしたところ、快諾してくれて。そこで、スタッフと共に伺いました。そこでは、キャベツには春キャベツと冬キャベツがあって葉の巻き方が違うだけでなく食感や味わいが違うこと、キャベツは丸いわけではなく五角形になっていること、収穫したてのにんじんは香りが素晴らしいこと、淡白なだけの頼りない野菜だと思っていた水菜が実は非常にワイルドな風味を持つ野菜であることなど、たくさん教わりました。そして思ったのが、毎日料理したり食べたりしていた野菜について、あまりにも知らなさすぎるということ。目から鱗が落ちる思いでした」(杏理さん)

同時に考えたのは、ほとんどの消費者が自身と同じ感覚ではないかということだったといいます。多くの気づきがあった反面、安心安全の農作物を家庭やビジネスに持ち込むのはいかにハードルが高いかということにも思い当たりました。例えば、昨今ではスーパーマーケットでたまに「規格外野菜」が売られていることがあります。サステナブル系のレストランでフードロス対策の一環としてこの規格外野菜を用いたメニューが提供されることも。ですが、実際にこれらをケータリングビジネスにも活かせないかと考えた杏理さんはすぐに大きな問題に行き当たりました。

「安定した量の“規格外野菜”を卸してくれる農家さんって、実は探してもなかなかいないんです。生産者にしてみれば“規格外野菜を買うなら、先に自分の自信作である普通の野菜を通常の値段で買って欲しい”という思いがあるのって、確かに当たり前のことですよね。そして、例えば曲がったにんじんって味は普通のものと変わらないのですが、そういったものばかりを下準備するとなると通常のものに比べてものすごく時間と手間がかかるんです。労働時間のことを考えると、スタッフたちにその分残業して欲しいとは言えません。要するに、一つの問題を解決しても、そのまま別の問題が浮上する、それが現実だということがわかってきたんです」(杏理さん)

規格外野菜は問題の端っこに過ぎないけど

農薬ゼロの野菜を育てるとなると年中品数も物量も足りず、異常に高価な商品しか市場に出回らなくなる。フードロスを謳ったところで規格外野菜ばかりが市場に出回ることはない。規格外野菜をメインに用いようとすれば労働環境的に成り立たなくなる……。これまで「規格外野菜を買ってみた→なんだかイイことした気分!」となっていた自分を振り返って、ちょっと恥ずかしくなりました。農業の世界では小さな問題、見えない問題があまりにも複雑に絡み合っていて、みんなが幸せになれる方法を探すなんて無理なのかもしれません。

変わる農業、知るしかない私たちのミッション

最近では、日本国民の主食である米の問題がメディアを騒がせ続けています。余談ですが、備蓄米が30万トンも放出されたのになぜ市場に出回る量があまりにも少ないのかということについて、私は最近、「JA」という存在について色々と調べることが増えました。この国の農業を守ってきた巨大な存在が、いざ“有事”ともいえる状況になった時に解決の糸口になりにくいということを知り、ちょっと複雑な思いがしています。

では、自由農業法人だけの世の中になればいいのかというと、それにも無理がある。物量が行き渡らなくなるはずです。つまり漁業や畜産業に比べてあまりにも大きいのが農業という存在で、美食や高価格商品、ブランド農産物などが取り沙汰される一方で「とにかく国民を飢えさせないように」という抗いようのない大きな目的があります。

米が市場から消えるとか1年足らずで価格が倍になるとか、こんな状況になるなんてこれまで夢にも思っていませんでした。ただ、今後は気候変動や農業従事者の高齢化や少子化による就農人口低下問題など、農薬や品種改良以外にも多くの変化が見込まれています。

じれったい思いを抱きつつも、結局は杏理さんのように「知る」という最初の第一歩を踏み出す以外に道はなさそう。華やかで学びの多いCRAZY KITCHENの「サステナブルコレクション」の内容を振り返ってみると、改めてそんな気持ちになります。

まだよちよち歩きの小さな男の子がいる杏理さんは、出産後に改めて自身の食生活を見直したといいます。体に優しいもの、地球に優しいもの、自分に心地いいものを厳選し、自分以外の大切なものを守るために食事を作る日々が、CRAZY KITCHENのビジネスにも新たなターニングポイントをもたらしてくれているかもしれません。食の世界は日々、変遷していきますが、人の心もまた同じなのだなと感じます。

ではまた、こちらでお会いしましょう。

 

文/山口繭子

神戸市出身。『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)を経て独立。現在、食や旅、ライフスタイル分野を中心にディレクションや執筆で活動中。https://www.instagram.com/mayukoyamaguchi_tokyo/