COLMUNコラム
<杏理さんに聞いてみたvol.4>イベントという戦場、そしてその裏
- DATE
- 2025/02/03
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みなさん、こんにちは。「CRAZY KITHCHEN」のウェブサイトにようこそ。
ケータリング企業「CRAZY KITCHEN」を率いる土屋杏理さんの視点を通して食とは何か、社会と女性との関わりとは、現代をしなやかに生きるって?……など
さまざまな事象を考えてみようという、この連載。食の編集者、山口繭子がお伝えします。
華やかに思えるケータリングの世界ですが、今回はイベント当日に至るまでの想像外の苦難(?)についてお伝えします。
●イベントラッシュシーズンに武者ぶるい
今回、取材のために「CRAZY KITCHEN」のオフィスを訪ねると、オーナーである土屋杏理さん(以下、杏理さん)は少し浮かない顔。どうしたんですかと聞くと「いや、うれしいんです」と言う。うれしい顔には見えないけどなとさらに聞いてみると、2ヶ月後に怒涛のイベントラッシュが確定したのだといいます。
杏理さんは、完全オーダーメイドによるケータリング会社「CRAZY KITCHEN」の主宰者。主に企業やブランドを相手にB to Bのスタイルでイベントや発表会でのフード&ドリンクのケータリングを行います。食事と飲み物を運ぶだけではなく、テーマに合わせて空間やサービスをデザインし、がらんとしたホールや会議室がその日だけはまったく異なる異次元空間に生まれ変わる、そんな独自のケータリングスタイルで多くの企業から支持を得ています。
それだけに、1件1件のイベントを成功させるためには想像を超える手間と労力がかかります。クライアントの要望を聞いて、テーマや企業特性に合わせたイベントのコンテンツを考案してプレゼンし、OKが出たらその世界観を実現すべくリサーチ、スタッフ確保、動線設定、フード考案、試作、準備、当日の会場設営、現場運営、サービスと延々と作業は続く……。確かにこんな案件が複数重なってしまうとどんな状況になるかは想像できます。
「この春、奇跡のようなゆったり期間があったんです。目の前のお仕事が数件という状態にもちろん焦らないわけではないのですが、それよりもゆっくりとできるというのが新鮮で。その反動なのでしょうか、これからの数ヶ月を思うと目眩がします。乗り切れるかどうかが心配ですが、クライアントの皆さまにはそんなの関係ないこと。やるしかありません」(杏理さん)
ところで、実際問題ケータリング業を営む上での「絶体絶命」って一体どのくらい大変なものなんでしょうか。眉間の皺が伸びない杏理さんの様子を見ながら、今回はこの点について詳しく教えていただくことにしました。
●サバイバル能力がどんどん増していく仕事
杏理さんと初めて会ってから今まで、さまざまな話を伺う中で感じていたことがあります。それは「なんてサバイバル能力の高い人だ」という思い。何も、サバンナで生き延びた冒険談を伺ったとかそういうことではありません。あくまでも仕事の話です。
私自身は出版社に長く勤めた経緯があり、そこでは雑誌の周年記念パーティーやブランドとのコラボイベント、大物タレントが登壇するトークショーなど、数々のイベント仕事にも携わりました。似たような経験をお持ちの方であればわかると思うのですが、イベント当日って予想外のハプニングが起こるものです。それは軽いことから大きいトラブルまでさまざまで、想像以上にゲストが来場して席が足りなくなるとか、会場までの道順を間違える人が続出とか、フードやドリンクがどっさり余るとかその逆とか……。思い出すだけで気が遠くなりそうなことが多々ありました。編集部スタッフの私でさえ髪の毛が逆立つような思いをしたわけですから、その進行を一手に担う制作会社の方などはどんな気持ちだったんだろうと今さらながら想像します。
ところが、杏理さんのお仕事といえば、毎日とは言わないものの日々そんなイベント現場が舞台です。常に誰かがパニックに陥ったり失敗したりする可能性も大。色々な現場の「大変だったこと」を聞いても、さらっとすごい事例を語ってくれる杏理さんを見ているうちに、いわゆる“胆っ玉の太さ”を感じてしまうのです。どんな状況でもサバイブしていける人だと思います。
「多少は、強くなったかもしれません。でも褒めていただくにはまだまだ私も修業が足りないです。ついこないだも、クライアントとの間に入ってくれている制作会社の方とのやり取りの中で、あまりにも無理なご要望に『それにお応えするのは不可能ってものですよ』と言いたくなったことも。堪えますが、気持ちは伝わってしまうんじゃないかな。まだまだです」(杏理さん)
●キャッチボールの暇がない!という時は
ケータリングイベントの仕事が決まるとどのくらいの人数のスタッフが関わるかというのも、私にとっては想像を上回る話でした。
杏理さんの最近の事例で興味深かったのが、某車メーカーのパーティーです。時代を見据えてサステナブルなイメージを打ち出している会社で、これに基づいてパーティーではテーマカラーが設定されていたそう。さらに、フードに関してもそういったテーマを踏襲することが求められ、また大きい企業にはよくある話ですが、懇意にしているビバレッジブランドの商品をパーティーでも提供することが条件になっているとか、有名タレントが何人も訪れるとか、華やかであればあるほど主催者側の手間と気配りは大きいものになっていきます。
「それがなんと、このイベントの仕事の話が私のところに来たのが開催日の3週間前だったんです」と杏理さん。厳密には3週間を切ってから数百人規模のケータリングパーティーのフードとドリンクを担当してもらえないか、と間に入っている制作会社から打診が来たのだそうです。私だったら怖気付いてお断りしてしまいそうな気がするのですが、杏理さんは即決。一気呵成にイベント当日に向かって突き進んだといいます。
「大企業のイベントが3週間前に決まるなんてことは通常あまりありません。このタイミングでCRAZY KITCHENをご指名くださったのにはきっと理由があるはずで、どうしてもクライアントのご要望を受け止め切れなかった別会社さんが途中で退いたのだと察しました(そして実際にそうだった)。ならば、こういう時に頼れるのはCRAZY KITCHENですよとプレゼンできる絶好のチャンスです。考える間もなく受けちゃいました」(杏理さん)
しかし準備期間が極端に短くても、大企業がイベントを開催する際に手順を飛ばすということはないはずです。現にこの時も、ケータリングフードやドリンクを提案するプレゼンはその後正式な形で行ったといいますし、杏理さんはその時のプレゼンボードを見せてくれましたがそれは見事なビジュアル資料でした。
杏理さんが端折ったのは、OKをもらうまでの待ち時間でした。受注したと同時にプレゼンはこれからという段階にも関わらず、フードを作る料理人、デザートを作るパティシエ、サービスを行うスタッフ、装花を担当するフローリストなど、すべて人員手配を完了。これは、どんなテーマに決定しても臨機応変に対応できる実力ある外部スタッフたちと、日頃からコミュニケーションと信頼関係が築かれているからこそできることだと考えます。プレゼンの場で相手方の条件を聞き出し、そしてある程度のOKを掴んでしまうというのも短期間集中で物事を進めるための必策でした。相手方とのキャッチボールの時間が取れない時こそ、一見無関係に思えるふだんのコミュニケーション力や人脈が武器になるというのが、興味深いことだと思います。
●結局、クライアントもスタッフも全員がチーム
しかし、どれだけ準備をしても、あるいはその逆でも必ず何かが起こってしまうのがイベントケータリングです。この車会社のイベントは訪れた何百人ものゲストたちやクライアントに至るまでが満足してくれたということですが、準備を重ねても大変な思いをした例が多々あったといいます。
「あるパーティーで起こったことが忘れられません。その日は1部と2部とに分かれて開催するイベントだったのですが、1部は簡易に済ませて2部ではワインで乾杯の後にフードを出すというご指示をいただきそのように進めていました。私たちは2部のために1部の時間から現場入りして準備を進めていたところ、クライアント企業の方から『では1部の最後に乾杯を行いますのでドリンクを出してください』と言われてしまって。当然、1部のためにはなんの準備もしていません。ですが、なんとかするしかないんですよね、そういう時って」(杏理さん)
2部の乾杯用に準備していたワインを急遽氷で冷やしてグラスに入れて提供したというから驚きです。そうして、2部用に急いで冷えたワインを手配するために奔走したというのも。
杏理さんは、イベント当日まではかなり細かく先方(間に入る制作会社であることが多い)とコミュニケーションを続け、「できる・できない」あるいは「責任の所在」を明確にしていきます。なぜなら、それがプロの仕事でありイベントの遂行には欠かせないことだから。しかし、いざイベントがスタートするとそれらはすべて一旦忘れるようにするのだといいます。
「結局、イベントが始まったらクライアントも制作会社も我々もワンチーム。目指すべき着地点はイベントの成功、それだけです。事故が起きないようにしつこいくらい事前にやり取りを繰り返し、時にはできる・できないについての押し問答などもありますが、イベントが始まってからもそれを言ってたら意味がありません。お客様にご迷惑をおかけするだけですものね」(杏理さん)
●緻密な手配の先に「ノーサイド」がある
ラグビーの言葉で「ノーサイド」というのを聞いたことがありませんか? 試合終了と同時にレフリーが高らかにホイッスルで宣言する、ノーサイド。試合終了を告げる合図ですが、同時に、これで戦いは終わりそれと同時に自陣と敵陣の区別はなくなる。敵も味方もなくお互いの健闘を讃えあい感謝しましょうという深い意味を持つ言葉です。杏理さんの話を聞いて、ケータリングイベントの現場では試合開始早々にノーサイドになるんだなぁと熱い思いに打たれました。
クライアントの意向を探り、緻密なヒアリングやリサーチを行い、時には制作会社との間で、あるいはスタッフとの間で揉めることも多々あるというケータリング仕事。ただ、「さぁ、今日はこれからいいイベントにしましょう!」と開催の挨拶が行われた瞬間からは、初めて会う人たちも含めて現場にいるみんながチームになる躍動感と高揚感こそが、杏理さんをこの仕事に飽きさせない理由なのではないかと感じました。
ではまた、こちらでお会いしましょう。
文/山口繭子
神戸市出身。『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)を経て独立。現在、食や旅、ライフスタイル分野を中心にディレクションや執筆で活動中。https://www.instagram.com/mayukoyamaguchi_tokyo/