COLMUNコラム
<杏理さんに聞いてみたvol.6> 「ミライ弁当」「すてない弁当」で得たもの
- DATE
- 2025/05/07
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一言に「食の仕事」といっても「CRAZY KITCHEN」が手がける業務内容は本当に多種多様。
オーダーメイドケータリングはとても重要な仕事ではありますが、もう一つ欠かせない柱があり、それがさまざまなプロジェクトのプロデュース業です。
今回お伝えするのは、コロナ禍に展開されたちょっと難しいテーマ「サステナブル」への取り組みについて。「お弁当」という形で世に出すというミッションでしたが、その背景はイベント会場の監修からテーマに合わせたフード提供計画の構築まで多岐にわたるプロデュース仕事だったといいます。
フードジャーナリストの山口繭子が「CRAZY KITCHEN」主宰者の土屋杏理さんにインタビューしました。

オーダーメイドケータリング、そしてイベントやプロジェクト、新規店舗などのフードプロデュースをメイン業務とする「CRAZY KITCHEN」。2025年にいよいよ節目となる10年目を迎え、主宰者の土屋杏理さん(以下、杏理さん)は相変わらず忙しそうです。
私が月1回、杏理さんにお話を伺うようになってかれこれ半年が経とうとしています。
書棚にぎっしりと料理本が並び、隅にはモダンな食器類が積まれた「CRAZY KITCHEN」のキッチンオフィスでは、お訪ねしたこの日も杏理さんが忙しい合間に一息ついているところでした。
この月は、大きなケータリングイベントが何件も続き、その合間に以前からプロデュースを手掛けていた店舗のオープンがあり……と、聞いているだけでも超ハード。それでも、頑張った成果が形になって見えるのはうれしいとのことで、お疲れ具合と幸せそうな雰囲気が入り混じる杏理さんがお茶を入れて出迎えてくれました。
難題難問大好物、という杏理さんの心意気
今回、私が話を聞いてみたかったのは、前回に続いて「プロデュース業」の醍醐味です。前回は中国料理の名店「富麗華」がネクストステージに向かって新ブランドを創出するのに伴走した日々について、話を伺いました。
ですが、後から思いました。「富麗華の場合は、割と最初からクライアントと杏理さんのバイブスがバチっとマッチしていた。でも、テーマがすごく難しかったら? クライアントとの間に代理店や制作会社が介在して直接やり取りができないような場合は?」
というのも、「CRAZY KITCHEN」の得意先は本当に多種多様。オフィシャルWebサイトの事例ページを拝見する限り、個人のウエディングパーティーなどもあるにはありますが、日本を代表するような錚々たる企業名も散見します。
「中には難しい仕事もあるんだろうなぁ」と思いながら事例のページを拝見していたところ、おいしそうなお弁当が写った画像が目につきました。カーソルを合わせるとITOCHU SDGs STUDIO 『いただきますの前、ごちそうさまの先。展』とあります。クライアントは伊藤忠。伊藤忠!? そしてテーマは「SDGs」。これは難しそうです……!
今回は、この仕事の裏側について聞いてみたいと思いました。大きな企業を相手にして、SDGsというまだ誰も正解を捕まえられていないテーマの元、プロジェクトを進めるというのはどういうことなんだろうと興味を覚えたからです。
それまでの日常が当たり前ではないと知った日
「あのプロジェクトが実施されたのは2021年秋のことでした。私が関わっていたのはそのうちの12日間ほど。コロナ禍、真っ最中でしたね(筆者注:少し感染者数が減って落ち着いてきた頃でしたが結局その後また大きな波が何度も訪れ、その後も長く予断を許さない状況が続きました)」(杏理さん)
杏理さんの話を聞きながら、私は当時を思い出していました。いつ明けるかわからない暗闇のような時間。希望が見えたと思ったら、その後また感染者数が増えて目の前の予定が消えるなど、ため息の連続。一個人である私でさえそんな有様でしたから、大きな事業展開ができない企業側では、日々、薄氷を踏むような心持ちでいろんなプロジェクトに着手していたことと思います。そんな中での、お弁当。杏理さんが手掛けたお弁当とは、どんなものだったのでしょうか。
「コロナに暮らしを占拠されたあの頃って、当たり前のように存在していた日常がガラガラと崩されてしまって、では本当に大切にすべきことって何なんだろう?っていうのを皆が真面目に考え直した時期だったと思うんです。伊藤忠は誰もが知る大手商社の一つですが、ああいった企業でさえ、さまざまなプロジェクトを通じて世界に改めて問いかけを行っていた。そんな中での一つがこれだったのだと思います。東京・外苑前の伊藤忠本社横で展開していた『ITOCHU SDGs STUDIO』という場所で、衣食住をテーマにさまざまな形で発信が行われました。私はその中の“食”に関わりました。具体的には、目の前に食事が存在する前後を深掘りして考え、見つめ直してみようというもので、それをお弁当という形で表現してほしいというのがミッションでした」(杏理さん)
大勢が一つのテーマの元、動き始めた
伊藤忠と杏理さんたち「CRAZY KITCHEN」との間には、大手代理店も介在していました。お弁当だけでなく、衣や住のテーマ設定の元に展開されるプロジェクトの立案やクライアントである伊藤忠と各所との橋渡し、イベント会場の設営、外部やメディアへの広報活動、実務を行うためのチーム運営までを担う代理店の元に、杏理さんのようなコンセプトワークと実働を担うたくさんのアーティストやクリエイターが集結したのです。
“食”に関しては、前述の通りお弁当を媒介にして、食のあり方やその前後に存在するバックグラウンドストーリー、さらには未来の食へも想いを馳せ、表現することが求められたのだそう。代理店の担当者との間で、杏理さんは10ほどのお弁当アイデアをまとめた企画書を仕上げて提出しました。
「プロジェクトイベント中、期間限定ではありましたが実際に販売するお弁当の提案ということで、やはりおいしくて楽しい内容にしたいと思いました。当たり前のことなんですけどね。でもテーマはSDGs。掘り下げれば掘り下げるほど、どんどん難しくなっていきそうで。代理店と最初にブレインストーミング(軽い打合せ)した際に話に上がった未来のお弁当や捨てるところが一切ないお弁当というのは、とてもキャッチーだし面白いと感じ、それらをメインにしながら現実的なものから夢のような企画まで、一気に10個のアイデアをまとめて提出しました」(杏理さん)
代理店経験者だからわかるプロジェクトの裏
私も職業柄、コンセプトアイデアをまとめて提案する機会があります。その際、採用される数がおおかた2、3案だとわかっている場合、提出する案もだいたいそれに合わせてプラス1、2案というところです。なぜなら、多くのアイデアを出しても先方が迷うかもしれないと思うし、何より、こちらの準備時間や手間も提案数に比例して増えるから。でも、杏理さんは「それはケースバイケースかも」と言います。
「私自身、かつて代理店で働いていた人間だからかもしれません。最初のラフ案の打ち合わせをしている際に代理店の方々がどんな温度感でお話しされているか、心の中ではどこに話を着地させたがっていらっしゃるかについては、ご依頼内容と共に深いところまで理解するように努めます。それに、私だって本当はたくさん案出しするのは厳しいんです(笑)。でも、やりとりの回数が限られていて、しかも初めてのクライアントだったら、案出しも含めて私たちの考えを余すところなくお伝えする方がその後のコミュニケーションがスムーズになる場合もあります。要は、マニュアル通りにはいかないということです。相手の話を聞いて最大限心情を慮る、それがマニュアルと言えばそうなのかも」(杏理さん)
提出した数々の案から製作を依頼されたのは、「ミライ弁当」と「すてない弁当」の2種類でした。1種類につき1日30個納品するというのを連続6日間×2回。1週目に「ミライ弁当」、2週目に「すてない弁当」を集中して作り、晩秋の外苑前で販売されました。結果、連日販売開始と共に30分も経たないうちに売り切れたのだそう。快挙です。
現在と未来が同居するサプライジング弁当
お弁当の内容を聞いて驚きました。まず「ミライ弁当」(トップ画像)。ボーダー状に左右に分かれたお弁当。中央にある間仕切りの意図はなんだと思いますか? 実は、左側が現在のお弁当、右側が未来のお弁当。ビジュアルはそっくりですが、使用食材が違うんです。
左の現在のお弁当はわかりやすい内容です。鶏肉の唐揚げに3色のそぼろご飯。そぼろの内容は、鶏そぼろと卵、桜海老とイカ墨のふりかけ。おいしそうです。さらに古来種野菜(品種改良などを一切行っていない元々あった野菜)のマリネなど。
対して右側に詰められた「未来」では、唐揚げの素材が大豆ミートに。そぼろご飯の中身は、こんにゃく米に大豆ミートのそぼろ、代替たまご、そしてなんとコオロギのふりかけ! 野菜のマリネはかぼちゃのローストや里芋のマッシュポテト、ミニ野菜のディップにMSC(海洋管理協議会)認証のサステナブルホタテと、ディテールに至るまですべてこのために手作り。一切手抜きなしです。

廃棄食材の価値を伝える「すてない弁当」
「すてない弁当」はその名の通り、品質的には問題がないのに廃棄予定にされた食材を用いたお弁当でした。パンの耳を使ったサンドイッチの中身は、未利用魚のシロチョウザメのフィレオフィッシュに、害獣として駆除されたイノシシのハンバーグ。規格外野菜のマリネやラペが添えられ、デザートには少し形が悪くて廃棄予定だったDole社の「もったいないバナナ」を使ったケーキがついていました。
お弁当について淡々と語ってくれる杏理さん。仕上がりの徹底ぶりや売れ行きの良さに加え、このイベントはメディアにとってもセンセーショナルだったようで、取材も多く訪れたといいます。そして何よりも味がいいと評判になり、短い期間ではありましたが、クライアントも利用客も大満足という結果に終わりました。
仕事を通じて得た経験が、その後の羅針盤に
でも、「いちばん大きな収穫をいただいたのは私でした」と杏理さんはいいます。
「本当に勉強になりました。1日たった30個といっても、クライアントのSDGsへの思いを託したお弁当ですから、葉っぱ一枚米粒一個に至るまで、サステナブルではない要素は入れられません。そしてSDGs弁当が売れ残ってしまうと、フードロスにもなり本末転倒です。楽しくも難しい仕事でした。中でも、サステナブルな食材を揃えるというのが現代ではどれほど難しいかというのをこの時ほど実感したことはありませんでした」(杏理さん)
信頼のおける会社から仕入れた自然育ちのコオロギ(生の!)を茹でる作業や、口にした時の意外なまでの美味。大豆ミートの唐揚げが鶏の唐揚げのおいしさに到底及ばず、近づけるために実践したあらゆる細かい工夫(徹底的に大豆ミートの繊維を割いてから調理することでクリアしたんだそう)。虫やシロチョウザメなど、耳慣れない食材への拒否反応はお客様よりも身内からの方が強かったこと。昔はどこのパン屋さんでも入手できたパンの耳が今や入手がとても難しいこと……。
コロナ禍は幕を閉じましたが、あの時の経験を通じて、杏理さんたち「CRAZY KITCHEN」のメンバーは、コロナ前の思想に戻ることはありませんでした。サステナブルやSDGsへの思いは、仕事としてではなく次世代への宿題として心に根付いたからです。「CRAZY KITCHEN」は、以前から漠然と温めて育てていた未来へのフードアクションを、より加速させていくことになったそう。
また、これらのお弁当考案の前後には、展示物プロデュースに関しての情報収集や提供、お弁当完成後はそれらの撮影や動画制作のアートディレクションといった仕事も担当し、より深くテーマを掘っていくというプロデュース業ならではの醍醐味も味わえた杏理さんだったのではないでしょうか。
一つの仕事が次の仕事への営業になり、気づきや勉強に繋がり、そしていつしか次世代を作るための羅針盤になっていく。そんな仕事への向き合い方は、結果論ではありますが本当にいいな、自然だなと思わずにはいられません。
ではまた、こちらでお会いしましょう。
文/山口繭子
神戸市出身。『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)を経て独立。現在、食や旅、ライフスタイル分野を中心にディレクションや執筆で活動中。https://www.instagram.com/mayukoyamaguchi_tokyo/