COLMUNコラム
<杏理さんに聞いてみたvol.9>気づけば、サステナブルフードキュレーター
- DATE
- 2025/05/28
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オーダーメイドケータリングや食のプロデュースを手掛ける「CRAZY KITCHEN」。幅広い食の提案を行なっていますが、その中でも得意分野は「サステナブルフード」のケータリング&プロデュースです。
サステナブルフード・ケータリングといえば、「規格外野菜でサンドイッチパーティー」とか「@@認証の養殖魚を食べる会」など、割と単一品種やジャンルをテーマに仕事をする飲食業者が多い印象なのですが、「CRAZY KITCHEN」では、野菜やフルーツ、魚介類、鳥獣類などを多彩に用いて、さらにはそれらを楽しむ際に使うナフキンやカトラリー、イベント後の生ゴミ処理のスタイルにまで、徹底的にこだわっています。
なぜここまでやるのか、そして出来るのか。「CRAZY KITCHEN」を率いる土屋杏理さん(以下、杏理さん)に、フードジャーナリストの山口繭子が取材しました。
サステナブルフードの情報量がハンパない
日本で手に入る様々なサステナブルフードに触れ、実際に多くのイベントケータリングや企画のプロデューサーとしてこれらを使い続けるCRAZY KITCHEN主宰者、杏理さん。今年は記念すべき創業10周年のアニバーサリーイヤーですが、持続可能な食材のみを用いたこれまでになかったパッケージプラン、「サステナブルコレクション」をスタートさせたのは2019年のこと。サステナブルフードとの付き合いも長くなり、それにつれて杏理さんが仕事に使う食材もたいへん多彩になりました。
通常、レストランのシェフであれば「今日は素晴らしい旬の食材が入ったから、それを使ってこんな料理に仕上げました!」と胸を張って客にサーブしますが、何百人ものゲストに、同じタイミングでサステナブルフードを用いた料理を展開する杏理さんの場合、事情が違います。なぜなら、
1.それらの食材がサステナブルだと名乗るだけの確固たる証(あかし)を持ち、
2.ゲストに過不足なくゆき渡る量の料理を提供し(フードロスを謳う身で余らせることはできず、かといって認証食材ゆえに足りないとなっても適当に買い足すこともできない)、
3.これだけの条件をクリアしつつもパーティーフードならではの華やかさやおいしさが求められる、
……から。一つの食材のみでイベントフードやパーティーメニューを完成させることは出来ません。前菜からメイン料理、デザートまでを作り上げるのに必要な食材にはある程度の種類が求められるため、結果として杏理さんは常日頃からサステナブルフード情報のチェックが欠かせないといいます。
コロナ禍を逆手にとって学びの時間に
「うちの看板商品は、サステナブルフードのみを用いて前菜からデザートまでのコースメニューをパッケージにした『サステナブルコレクション』です。紆余曲折を経て2019年の秋にデビューさせましたが、使用する食材の種類は当初に比べて増えたなぁと思います」(杏理さん)
感慨深げに語る杏理さんですが、本格展開の数ヶ月後に世界はコロナ禍に突入してしまいました。サステナブルフードどころか、イベントも外食も続々とストップするしかなくなった時代。しかもそれは何年も続きました。そんな時に杏理さんがどうしていたかと聞けば、なんともポジティブな答えが。
「とにかく、軒並みイベントが中止になったのでいきなりぽっかりと時間ができて。それまで息をつくひまも無く走りっぱなしだったので、逆にチャンスだと思いました。考えたり、人と会って学んだり、経験したり、というのをCRAZY KITCHENのみんなでちゃんとやってみようと」(杏理さん)
イベントの現場で、杏理さんはずっと感じていたことがあったのだそうです。それは、サステナブルコレクションをゲストにサーブする時、料理の味わいだけでなく、食材を取り巻く背景や事情、生産者のことまで丸ごと伝えたい、という思い。それには伝え手である自分たちがもっと生産者のことを知らないと。どんなストーリーを持って食材が生み出されているかを見たいと常日頃から感じていた杏理さんは、コロナ禍で生まれた時間を利用して、気になる生産者に見学を申し入れました。そしてそんな取り組みはコロナ禍を経た今もなお、不定期ではありますが続けられています。
「最近では、SNSで偶然見つけたフィリピンのバランゴンバナナに注目しています。フィリピンに自生するバナナで、化学合成農薬や化学肥料を使わず育てられるんです。味がいいので使うのが楽しみですが、私自身、このバナナに出合ったことで、世に出回っている大量生産のバナナがどのように栽培されているかを知るきっかけになりました」(杏理さん)
話はフルーツに限りません。規格外や廃棄処分予定の野菜、害獣として駆除されるジビエ、地球環境に配慮して育てられる畜産物、海洋資源を損なわない魚餌で養殖される魚介類、ゲノム編集の魚介類、食用とされてこなかった魚介類の希少部位など、杏理さんがサステナブルをテーマにしたケータリングメニューに用いる食材は実に多彩です。それというのも、長い時間をかけて一人一人のサステナブル食材の生産者や企業との関係を築いてきた杏理さんだからこそ出来ること。気がつけばまるで「サステナブルフードキュレーター」のごとく、多くの人脈を持つ情報通になっていました。
マグロ漁業で世界初のMSC認証(水産資源や環境に配慮し、適切に管理された持続可能な漁業に関する認証)を取得した臼福本店の静岡営業所では、はえ縄漁船の見学を。宮城県女川にある銀鮭の養殖会社マルキンでは、会社を継ぐ若き経営者から、想像を超える新たな漁師像を学んだといいます。他にも鹿の狩猟現場や農園探訪まで、こういった“学び”はその後のCRAZY KITCHENの指針にも大きな影響力をもたらしたといいます。
知られざるサステナブル漁業、理想と現実
そんな中でも、現代漁業のあり方というのは杏理さんにとって衝撃的でした。それは、今回杏理さんにインタビューした私もしかり。魚料理が好きで、魚市場や専門店にもよく行くのですが、漁業がどのように営まれているかについては何も知りませんでした。知る手立てさえ、わかりません。海洋資源の枯渇や海洋環境の汚染については日々メディアが騒いでいるものの、「では、何を見れば良いのか」がわかりません。
「同年代の漁業関係者の方にも会って、たくさん話をしました。古い慣習の中でサステナブル漁業を打ち出すのは本当に大変なことだと分かりましたが、驚くポイントはそれ以外にも。自分でも意外だったのは、想像もしなかったディテールがとても印象に残るものだな、ということでした」(杏理さん)
例えばマグロ漁船で働くとはどういうことか。遠洋漁業となるため、短くても半年ほどのロング航海になるそうですが、男女同権を当然と考えていた杏理さんも、「同僚とはいえ長い期間、家族でもない男女が閉鎖空間で寝食を共にするのは果たして可能か?→無理!」と思ってしまったと、笑いながら話してくれました。また、過酷ゆえに後継者不足が常に問題視される漁業の世界で、おしゃれで若者らしい趣味を楽しむ現代の経営者たちのファッションや車の趣味なども印象に残ったといいます。
「実際に会って話を伺うまでは、食材のことしか見えていませんでした。ですが、生産者の方々の声を聞き、悩みを伺うと、なぜその食材が生まれたのかとか、それにどんな未来を託しているかが透けて見える。あの時代が私にとってのターニングポイントだったと思います」(杏理さん)

正しい正しくない、の不毛論を超えて
サステナブルフード関係者の“リアル”が見えたことで、ますます杏理さんの食材に対する眼差しは変わったと思いますが、ここで一つ、疑問が生じました。というのも、杏理さんが集めた膨大なサステナブルフード情報の中では、相反する理念を持つ生産者や企業も多いのではないかと思ったのです。例えば、天然魚介類のフードロスを問題にする漁師と、未来志向の養殖業者とでは、尊いとする食材のあり方は違うのでは? そういった「正しい、正しくない」の基準が交錯する情報の海の中、杏理さんはどう対応しているのでしょうか。
「サステナブルフードと向き合うようになってから、『100%正しいものはこの世に存在しない』と考えるようになりました。もちろん、使わせていただく食材には心から感謝し、その理念に賛同するのですが、私にとってそのような対象は多々あります。取引先が増えると当然、相手の美学も多岐にわたることになる。それぞれが他者の美学を重んじながら、ご自身の信念を大切にするしかないと思っています。それに、正しい、正しくないよりももっと大事なことがある。興味を持つことと、学ぶことです。日本人は真面目な民族なので、サステナブルフードに対しても異常に厳しい幻想を抱きがち。正しいものは一つしかなく、従事者は聖人でなければならず、啓蒙者たるもの質素な服を着て電気自動車に乗り禁欲的でないと、なんていう……。すべてナンセンスだと思います。ゆるやかに、でも着実にサステナブルを推し進めていくには、自分たちが正義だと思い込まないことではないかなぁと思っています」(杏理さん)
ギャルが有機野菜を買う時代が来ればいい
猛烈に忙しかった広告代理店勤務を経て、時代を先取りするようなウエディングプロデュースの会社に入った杏理さん。そこを出て2015年に立ち上げたのがCRAZY KITCHENでした。創業当時はサステナブルフードを前面に打ち出していたわけではありませんが、元々オーガニック野菜が大好き。その頃から「意識の高いハイエンドな人たち、もしくは真面目一辺倒の有機野菜信奉者の方々だけでなく、普通のギャルが有機野菜を買うような、そんな世界観をケータリングでも打ち出したい」と思っていたのだそう。
しかし、振り返ってみれば有機野菜を取り巻く環境は10年でずいぶん変わりました。今やコンビニエンスストアでも有機野菜を取り扱ったりするように。となると、今はまだまだ玉石混交で誰もが気軽に生活に取り入れるのは難しいサステナブルフードも、杏理さんのような人が企業とタッグを組んで楽しくスタイリッシュに展開しているうちに、いつか未来ではごく普通のものとして日常に降りてきているかもしれません。
「何が正しいか」を言及するのではなく、さまざまな生産者や従事者から直接話を聞き、食材を使ってみることで、大きくゆっくりと目の前に立ちはだかる壁を崩していこうとしている杏理さん。「ギャルが有機野菜を買う世界」から、「誰でも日常的にサステナブルフードを楽しめる暮らし」に、目的地は変化しています。
陸上養殖の広がりに「いいね!」と期待大
今回はサステナブルフードの中でも漁業にポイントを置いて話を伺いましたが、最後にちょっと興味深い話題が上がりました。それは陸上養殖の魚介類の話。「陸上養殖」という聞きなれない言葉に興味を惹かれました。杏理さん曰く、この生産方法が今後、世界の漁業を大きく変えることになるのでは?ということです。
「陸上養殖とは文字通り、陸上で魚介類を育てるシステムです。広大な土地にプールのような設備を作ってそこで魚を育てるといった、そんな感じ。農業や畜産業と感覚的に通じるものがあります。なぜ良いかというと、すでに漁場のテリトリーや権益がガッチリ確定してしまっている漁業への新規参入はほぼ不可能というのが現状の世の中で、陸上であればそれが可能になるから。そして、陸上で完結すれば海洋環境を破壊することもなく、限られた資源が枯渇するスピードも遅くすることができるはずなんです」(杏理さん)
確かに、調べてみると2025年初頭のデータでは、陸上養殖業の届出件数が700件を超えており、1年前と比べても80件弱も増えているといいます。(※ https://www.jfa.maff.go.jp/j/saibai/yousyoku/taishitsu-kyoka.html )
陸上で魚介類を育てるのがスタンダードという時代が実現したら、地球の食糧事情はどんなことになるんだろう……。見て楽しく食べておいしい、それがCRAZY KITCHENのサステナブルケータリングです。しかしその奥に潜むメッセージは、実はもっと深く、そして遠いところにある理想へと、食べ手をいざなってくれているようです。
ではまた、こちらでお会いしましょう。
文/山口繭子
神戸市出身。『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)を経て独立。現在、食や旅、ライフスタイル分野を中心にディレクションや執筆で活動中。https://www.instagram.com/mayukoyamaguchi_tokyo/