COLMUNコラム
<杏理さんに聞いてみたvol.10>アニマルウェルフェアとどう向き合い、どう食べるか
- DATE
- 2025/06/11
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オーダーメイドケータリングや食のプロデュースを手掛ける「CRAZY KITCHEN」。パーティーから起業イベントまで幅広い食の提案を行いますが、得意分野は「サステナブルフード」のケータリング&プロデュースです。
前回は「サステナブルな魚介類を提供&食べるにはどうすれば?」についてお伝えしましたが、今回はそれに続いて畜産業の話です。これだけ農業、漁業が発達した日本ですが、意外に知られていないのが畜産業の現実。「CRAZY KITCHEN」を率いる土屋杏理さんは、ここにもしっかり向き合っていきたいと語ります。その真意とは? フードジャーナリストの山口繭子が取材しました。
CRAZY KITCHENが肉料理を大切にする理由
これまで「CRAZY KITCHEN」の主宰者、土屋杏理さん(以下、杏理さん)に取材する中で、筆者である私は多くのサステナブルフード事情について知ることができました。
飲食業界に長く身を置いているので、少しは知っている気でいたんですよ? しかし、杏理さんがインタビュー中にさらりと話す言葉はいつも新鮮であり、時には驚愕したり絶句したりすることも多数。「あぁ、これだけ食に関して取材したり記事を書いたりしてきたのに、実は何にも知らなかったんだなぁ」と思うことが多くて驚いています。
中でも、今回はショッキングでした。家畜食肉と狩猟肉の話が今回のテーマです。私自身、毎日のように食しているさまざまな肉類。牛肉、豚肉、鶏肉、鴨肉、時にはレストランで「ジビエ」と呼ばれる鹿肉や猪肉、鳩肉まで、上質なタンパク源でありおいしさは抜群のお肉はやっぱり最高!と、いつも感謝していただいてきました。「CRAZY KITCHEN」でも、自慢のケータリングコース「サステナブルコレクション」のメニューには、必ず肉料理が入っています。「やっぱりゲストの満足度を考えると外せないからだよね」と思っていたら、理由はもっと深いところにありました。
「サステナブルコレクションの中ではダチョウ肉や猪肉を使いますし、その他のオーダーメイドケータリングでも肉類はよく使います。おいしいしゲストの満足度がアップするというのはもちろんのことですが、“私たちは動物の命をいただくことについてどう向き合うべきか”を考える意味でも、肉料理を食すことは大切だと思っているんです」(杏理さん)
食べないのが正解、ではないから
ところでみなさんは「アニマルウェルフェア」という言葉を耳にしたことがありますか? 日本語だと「動物福祉」と訳されるようですが、個人的にはちょっとイメージが違うのではと感じています。「アニマルウェルフェア」は1960年代のイギリスから始まった食用家畜類の飼育や屠畜に関するスタンダードを倫理的観点から考え直そうとする動きで、今ではマクドナルドやスターバックスといった国際的な飲食ブランドも重視する問題です。
具体的なことは後述しますが、簡単に説明すると「食肉として我々人間の糧となってくれる動物に対して、せめて本来の生き方を全うさせてあげよう」という思想。幼い頃によく言われた「命を捧げてくれた動物たちに感謝して、食事は残さず食べなさい」的な話も、一応はその理念に基づいてのことではありますが、実際はその奥に知られざる世界があるようです。
「家畜たちがどんな環境で育てられているか、どんな方法で屠殺されているか、そんなところをリアルに伝える機関や手段は、日本にはまだ少ないと思います。SNSやインターネット、一部のドキュメンタリー番組などでは盛んに報道されており、誰でも情報に触れることはできますが、メディアでこの問題を扱うことは少ない。なぜかというと、あまりにも残酷かつどうしようもない現実があるからだろうというのが私の考えです」(杏理さん)
知るのが怖いからこのままでいる。あるいはその逆に、「かわいそうだから肉類は食べない」など選択肢は様々ですが、杏理さんは「少しでも現実を知り、学ぶことが大切」というスタンス。「食べなければ正解、というわけでもないし、理屈を知らずに食べ続けることもしたくないんです」と語ってくれました。
実は日本は、肉食発展途上国?
メディアでは連日、「食の先進国、日本!」「インバウンド旅行者は日本の食の豊かさに夢中!」などと報道されています。確かに、その通りかもしれません。四季があって採れる野菜や野草は多種多彩、南北に長い国土を有するために風土はバラエティ豊か、歴史が培った伝統の料理が多彩に地方地方に根づいているなど、日本という国は恵まれていると思います。ただ、肉食の歴史となると、話は違う。
日本人が日常的に食卓で肉料理を囲むようになったのは、一般的には明治時代以降だと考えられています。「文明開化とすき焼き」について、教科書で学んだ覚えはありませんか? それ以前の江戸時代にも肉食の風習はありましたが、宗教的な影響か日本では肉類を食すことを禁忌としたり「殺生」を禁じたりということもあり、“こっそり”食されていました。例えば馬肉を「桜」、猪肉を「牡丹」と呼ぶなどはその名残りです。農民にとってはさらに、馬や牛といった家畜は農業を営む上での大切な労働力でもあり、食すのがためらわれる存在だったのでしょう。平安以前には野鳥や野獣を食していたという記録もあるのに、宗教や島国のメンタリティ、肉食しなくても食材豊富な自然環境などが相まって、西洋のように肉食がガストロノミーに昇華される歴史にならなかったのかもしれません。
ところが、食の近代化、国際化の流れにはあっさりと乗った日本。戦後は食の欧米化が猛スピードで進み、生真面目な日本の料理人たちはわずか数十年のうちに、肉食も含めて、日本という国をガストロノミー大国へと変えてしまいました。これにはもう、拍手を贈るしかありません。
平飼い卵と子豚の去勢
その一方で、増え続ける食肉需要に対応するために、消費者にはあまり知られないところで畜産業もすさまじい進歩を遂げました。いえ、「進歩」と呼ぶのをちょっとためらってしまうくらい、ちょっと無理があるのではという畜産スタイルがこの業界では多く見られるというのです。
例えば鶏肉と鶏卵。「価格の優等生」と言われ、スーパーマーケットでは300円足らずで生食できる程に新鮮で衛生的な卵が買えます。生食可能なおいしい卵がこの金額で買えるなんて、インフレが加速する日本ではありますが、それでも恵まれた環境です。徹底した衛生対策と流通管理、販売システム。そういったものがあってこその現在ですが、鶏舎の様子をニュース番組などで見かけると、ちょっと驚きます。「バタリーゲージ」という、何段にも積み重ねられた檻にぎゅうぎゅうに押し込められた鶏たち。産んだ卵は自動で流れてきて、集められて。この「バタリーゲージ」飼育と真逆にあるのが「平飼い」と呼ばれる飼育法で、英語だと「ケージフリー」と呼ばれています。最近、スーパーマーケットでも見かけるようになりましたよね。調べてみたところ、インターネット上でみられる幾つかのデータによると、多少のばらつきはあるものの日本の鶏卵業における「平飼い」の割合は数パーセント。5パーセントにも足りません。……ということは、ほとんどの鶏が狭いケージの中で短い一生をただ卵を産み続けるだけで終えているということです。しかも寿命を全うするのではなく、ある程度老齢(といっても2年くらい)になると若い鶏と差し替えられ、食肉用として、もしくは単なる殺処分となっているという。なかなかショッキングな話です。
杏理さんが教えてくれた話でもう一つ、「知らなかった……」と絶句したのは食用豚肉の話でした。食肉に加工される豚ですが、もちろん生き物なのでオスとメスに分かれます。オス豚に生まれるとどうなるか。すぐに食べられてしまうのであれば、もしかしたらまだマシなのかもしれません。多くはまだ子豚のうちに去勢されてしまいます。なぜかというと、一般的にオス豚は成長すると人間にとって不快なオス臭を発するので食肉用として適さないという理由で。問題は、長きにわたってこの“外科的処置”が、麻酔も用いられることなくただ機械的に行われてきたということです。リサーチの最中、某動物愛護団体による現場の動画が公開されているのを見つけたのですが、衝撃を通り越して、もう今後は豚肉が食べられなくなる!と思いました(それでも食しているのですが。人間って図太いです)。
たっぷりとサシが入った霜降り肉はどうやって作られているのか。フォアグラの原料とされるガチョウや鴨はどのように餌を与えられているのか。うっすら感じ取ってはいるものの、なんとなく知らないふりをしてきたのではないか、私? 杏理さんは淡々と話してくれるのですが、聞いているうちにいろんな「知らんぷりの自分」が思い浮かんできました。
フォアグラショックが学びの姿勢に変わるまで
「私が言いたいのは、単にかわいそうだからやめましょうということではないんです。それだけはお分かりいただきたい」と杏理さん。
「欧米の先進国に比べて、日本は圧倒的に国土が狭く、この条件下で1億人を超える国民が健康的に栄養を摂取するためには、これまで必死に研究を重ねて進歩を続けてきた食肉生産業の方々の努力に頼るしかなかったと思うんです。これに感謝すべきだと考えています。しかし、時代が変わるにつれて業界の正解も変化します。それに食との向き合い方に多様性も生まれている。どんな事情があって、どんなことが行われていて、そして海外ではどんな取り組みがなされているか、そういったことを一人一人が知った上で自分の食を見つめ直すことこそが、一番大切なんじゃないかなと思っています」(杏理さん)
杏理さんが食肉のあり方について考えるきっかけを得たのは、「CRAZY KITCHEN」を立ち上げる前のこと。ウエディングプロデュースの会社「CRAZY WEDDING」で、婚礼料理の提案やプロデュースに携わっていた時のことでした。晴れの日だから、おめでたい場の食事だからということで高級食材が好まれる状況。フォアグラを実際に食してみて、「おいしいことはおいしいけれど、何が何でも食べたいと思うほどのものだろうか?」と疑問に思ったのが始まりでした。大切なゲストへのおもてなしの心を表現するのに、高級食材以外の方法はないのだろうか? そんな思いが、現在のCRAZY KITCHENの料理にも息づいているのかもしれません。
アニマルウェルフェア、5つの自由
「アニマルウェルフェア」は、前述の通り1960年代のイギリスから始まった食用家畜の飼育方法や屠殺方法に関する考え方です。動物にだって、痛みを感じる神経があれば恐れや不安を感じる心もある。人間が栄養を得るために、それらを全く無視して非倫理的な飼育方法・屠殺方法を用いることはあってはならないのではないかということで、現在では世界中で動物が生来のあり方にできる限り沿った形で命を全うできるようにという考え方のもと、さまざまな取り組みがなされています。
実践する上では「5つの自由」を実現する努力が必要とされていて、列挙するとこのような感じです。
1.飢えや渇きからの自由(十分な餌と水が与えられる環境で飼育されるべき)
2.不快からの自由(快適な環境で飼育されるべき)
3.痛み、傷害、病気からの自由(健康管理の徹底、怪我や病気の予防が保障されているべき)
4.恐怖や抑圧からの自由(ストレスの少ない環境、安心して暮らせる環境が与えられるべき。屠畜される際にも、それに対する恐れやストレス、痛みが最小限であるべき)
5.正常な行動をとる自由(動物としての本来の行動を表現できる機会が与えられるべき)
スーパーマーケットに並んでいるパック詰めの牛肉や豚肉、鶏肉を選ぶ際にそれらの商品がどんな経緯を辿ったものかを消費者が推し量ることは残念ながら難しい、というのが現在の日本です。ただ、杏理さんの言葉を借りれば「知ろうとする姿勢、実際に調べたり学んでみたりする気持ち」があれば、それだけでも消費行動は変わっていくはずです。現に、10年前はまだほとんど出回っていなかった平飼いの鶏卵も、ごく少数派とはいえスーパーマーケットでは手に取ることができるようになっている。一朝一夕に実現するのは難しいけれど、着実に民意に従って動いていくのが食材流通なのだといえそうです。
可哀想だけでは終われない狩猟の話
頑なに特定の食材だけを用いるのではなく、さまざまな考え方を学び、その上でバラエティーに溢れる食材を料理に落とし込むのが「CRAZY KITCHEN」のスタイル。そのため、サステナブルコレクションにもその他のケータリングメニューにも、多彩な食肉が登場します。アニマルウェルフェアの精神に基づいた食肉と同様に、杏理さんが「外せない」と考えている肉類があります。それがジビエ。昨今、害獣として存在が注視されている鹿や猪のニュースを見たことがある人も多いかと思います。
「ジビエ肉の現状を知ることも、CRAZY KITCHENを営む上では欠かせない経験」と考えた杏理さんは、実際の狩猟にも同行したことがあるといいます。
「かつて品川区の豚肉屠殺場もお願いして見学させてもらったことがありました。その時に見聞きしたことは私にとってはそれまで見聞きしたことのなかった情報ばかりで衝撃的でした。知ったからといってその後の仕事のやり方をドラスティックに変えた、というのではないのですが、それでも食との関わり方を深く考えさせられるきっかけに。同様にもう一つ、見ておきたいと思っていたのが狩猟でした。ご縁があって石巻の個人狩猟家の方の猟に同行させていただくことができたんです。里山近くに出没する害獣指定の鹿を罠で仕留める猟でした」(杏理さん)
この日杏理さんはチームのスタッフたちと共に、罠にかかった鹿3頭がその後狩人の手によって命を絶たれ、静かに絶命していく様子を固唾を飲んで見守ったといいます。これまでにも鹿肉を食す経験があったにも関わらず、初めてその様に向き合った杏理さんは、不思議な感動と溢れる涙に自分でも圧倒されたそう。その場で肉を捌く作業にも立ち合い、「命」から「死体」へ、「死体」から「食材」へと変わっていく様子を目の当たりにし、身をもって学んだこと。
「毎日、私たちは食卓で“いただきます”と口にします。この言葉には見えない主語があって、“料理をいただきます”ではないんです。“命をいただきます”が正解なんだな、と。いただいているから生きているんだなぁと、心から納得しました」(杏理さん)
ではまた、こちらでお会いしましょう。
文/山口繭子
神戸市出身。『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)を経て独立。現在、食や旅、ライフスタイル分野を中心にディレクションや執筆で活動中。https://www.instagram.com/mayukoyamaguchi_tokyo/